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光復節

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「光復節」という言葉をご存知でしょうか?簡単にいえば、韓国の独立記念日ですな。

帰り際に立ち寄ったソウルでは、変なデコレーションが施されている建物がありました。
で、この記事。

ソウル市 韓国旗で庁舎覆う 植民地解放60年を記念[2005.08.14]
韓国・ソウル市は、日本の植民地支配からの解放60周年を記念し、韓国旗計3600枚で市庁舎全体を
すっぽりと覆った。市庁舎は、日韓併合後の1926年に日本が建設した旧京城府庁舎で、市民に
植民地時代の苦悩と解放の喜びを思い出してもらうのが狙いだという。
解放記念日(光復節)翌日の16日まで続けられる(毎日新聞)。

実際にこの様子を見てまいりました。ちょっと異常・・・とも取れるほどのデコレートでしたよ。

まぁインパクトがあるとでも言いましょうか。。。。
で、市庁のトイメンにあるプラザホテルには、でっかい吊看板が出ており
「建国60周年記念音楽祭」という文字が出ておりました。。。。
結局はこの市庁前に、大きなトラスで組んだでっかいステージができており
連日ここでライブをしよーとですよ。ナショナリズムが見えるデコレートとは裏腹に
結構、平和的で楽しいイベントを模様しているようです。
実際、昼も夜もズンチャカズンチャカ、PAからでっかい音が出てましたもんね。
で。
このソウルの市庁っちゅうのは、戦前の旧京城府庁舎。いわば侵略の象徴の一つ。
戦前の併合時(韓国的には日帝時代)にはこういう象徴的な建物がまだございました。
1995年に僕がソウルを訪れた際、まだ景福宮(キョンポックン)前に聳え立っていた
国立博物館(旧 朝鮮総督府庁舎)もそのひとつ。こいつは同年に、ぶっ壊されております。
恐らく今回のイベントで市庁を大極旗で隠して、新しい韓国の気持ちを盛り上げつつ
近い将来、この市庁もぶっ壊されるんだろうなぁ・・・とふっと感じてしまった。
ソウルに残る戦前の建築物は、これであとソウル駅だけ。
まぁソウル駅には政治的な思惑はないし、これくらいは残しておいてほしいもんだ。
大正年代の建築様式がそのまま残っているし、実は東京駅の丸の内にある
赤い駅舎と非常にデザインが似通っているのよね。結構かっこいいですよ。
光復節というのは、韓国にとって独立独歩を鼓舞する大事な日、だった。
で、戦後60年がたった今、自然と「鼓舞」から冷静に未来像の模索して、んでもって
平和的な雰囲気や気持ちを漂わせる、大事な日に変わってきているのかもしれない。
かつての「恨(ハン)」の歴史からの転換。
そういう日として、盛り上がってほしいもんだなぁ。
何せ日本の8月15日は反省や昔を偲ぶ、静かな静かな日だもんな。
どっちがいいとか、悪いとかという問題じゃなくて。
それぞれ、その日をプラス思考で描けるようにならないと、せっかくの歴史が生きないよなぁ。
8月15日を直前に控え、またひとつ見たことのない町の様子を見ることができたな。

この市庁前は、でっかいロータリーになっていまして。
さらには、芝生広場にもなっているわけですよ。
そこが、一大イベント会場になっていて、
記憶が新しいところでは、ワールドカップの観戦をよくここでしてましたね。
そんな韓国が一丸となる平和的な会場のようにも見えます。
が、一方でそこからは北側に片道10車線近い道路が延びています。
その先60kmには北朝鮮との軍事境界線。
一説によると、臨戦態勢になればそこは滑走路としても使えるようになってるとか。
まだまだ緊張感が残る、一風変わった街づくりの首都ですな。ホント。

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